境内の案内

巳の神杉衣掛杉しるしの杉おだまき杉

三輪山をはじめ境内に生い茂る杉は、神霊の宿ります神樹、神霊の天降ります霊木として崇拝されています。
その中で特に大きな杉は、古い由緒に起因して、古くから名前がつけられています。




巳の神杉(みのかみすぎ)

江戸時代には、「雨降杉」とあり、雨乞いの時に里の人々が集まり、この杉にお詣りをしました。いつの時代からか、杉の根本に、巳(み)さん(=蛇)が棲んでいるところから、「巳の神杉」と称せられるようになり、巳さんの好物とされる卵が、酒とともにお供えされています。
蛇は、古来より三輪の神の化身として意識されており、『日本書紀』の崇神天皇10年9月条に、「小蛇(こおろち)」と記され、『同紀』雄略天皇7年7月条には、三輪山に登って捉えて来たのが「大蛇(おろち)」であったと伝えています。いずれも、三輪の神がその原初的形態として、蛇神であると信じられていたことを示していると考えられます。
これは、古代の人たちが、三輪山は千古鉞(おの)を入れず鬱蒼たる森林として、何がひそんでいるかわからない不気味さを覚え、そのお山から流れ出る水により、種々の農作物を作り、日々の暮らしをたて、山に立ち昇る霧や雲に神意を感得して、山内に棲む蛇を直感したものであったのでしょう。
三輪の神の原初の形とされる蛇は、水神であり、雷神ともなり、農業神、五穀豊穣の神となり、やがては国の成立とともに、国家神的な神に至ったと考えることができます。



衣掛杉(ころもがけのすぎ)

謡曲「三輪」にでてくる玄賓僧都(げんぴんそうず)が女人に与えた衣が、掛かっていた杉と伝えられています。女人とは三輪大神であり、このことに関係して、『古今和歌集』には、「我庵(わがいほ)は 三輪の山本 恋しくば とぶらいきませ 杉立てる門」という歌があり、三輪明神の神詠とされています。現在、覆屋が作られて、周囲10メートルにおよぶ巨大な古株が残されています。



しるしの杉

三輪の大神のあらわれた杉、神の坐す杉とされていました。しるしとは、示現のことで、当初、神杉として信仰されていたすべての杉のことを指していました。この杉も覆屋が作られ、根本だけが残っています。



おだまき杉(緒環杉)

『古事記』にある当社のご祭神と活玉依媛(いくたまよりひめ)との神婚に由来しており、大田田根子命(おおたたねこのみこと)の御誕生を物語る杉であります。 江戸時代には、すでに文献に記載されている名木でありましたが、やがて枯れてしまい現在、根本だけが大切に残されています。
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